
家族から何度もそう言われているのに、ゲームに夢中で、まったく気にしていない。
そんな様子を表す四字熟語が、馬耳東風(ばじとうふう)です。
馬耳東風とは、人の意見や忠告を聞いても、気に留めずに聞き流してしまうことを意味します。
「馬の耳」と「東から吹く風」が、どうして人の態度を表すのでしょうか?
この記事では、馬耳東風の意味・読み方・由来、学校や家庭で使える例文、似た言葉との違いをわかりやすく紹介します。
馬耳東風の意味と読み方
馬耳東風は、「ばじとうふう」と読みます。
意味は、人から意見や忠告を受けても、心に留めず、気にしないで聞き流すことです。
例えば、先生から何度も注意されているのに、まったく気にせず同じことを繰り返す人がいたとします。
そんな様子を「先生の注意も馬耳東風で、同じことを繰り返している」と表現できます。
相手の話を真剣に受け止めない態度を、少し批判的に表すことが多い言葉です。
「馬」「耳」「東」「風」の漢字の意味
四つの漢字を分けてみましょう。
- 馬(ば):動物の馬。
- 耳(じ):音や声を聞く耳。
- 東(とう):東の方角。
- 風(ふう):吹いてくる風。
「東風(とうふう)」は、東から吹く風のことです。
中国の古典では、春の訪れを感じさせる風として表現されることがあります。
人間は春風に触れると、季節の移り変わりを楽しんだり、美しい景色を思い浮かべたりすることがあります。
一方、馬は人間と同じように詩や季節の風情を味わうわけではありません。
その様子を、人の言葉や物事の価値に心を動かされない態度にたとえたのです。
聞こえていないこととは違う
馬耳東風は、相手の言葉が物理的に聞こえていないことを意味するわけではありません。
例えば、周囲が騒がしくて先生の声が聞こえなかった場合は、通常、馬耳東風とはいいません。
一方、先生の注意を聞いても、気にせず同じ行動を続けている場合には使えます。
つまり、言葉が聞こえたかどうかよりも、聞いた内容を気に留めているかどうかがポイントです。
馬耳東風の由来は李白の詩に伝わる表現
馬耳東風の由来として知られているのが、中国・唐代の詩人、李白(りはく)の作品として伝わる詩です。
その詩は『答王十二寒夜独酌有懐(とうおうじゅうにかんやどくしゃくゆうかい)』と呼ばれています。
この詩には、次の一節があります。
「世人聞此皆掉頭、有如東風射馬耳」
世間の人々はこれを聞いても顔を背け、まるで東風が馬の耳に吹きつけるようだ、という趣旨の表現です。
価値のある詩を聞いても世間の人々が関心を示さない様子を、馬の耳に吹く春風にたとえたことが由来です。
李白はどんな人物?
李白は、中国の唐という時代に活躍した詩人です。
自然や人生、人の思いなどを豊かな表現で描いた詩で知られています。
李白の詩として伝わるこの作品では、詩や文学の価値が世間の人々に十分理解されないことへの思いが表現されています。
心を込めて作った詩であっても、関心のない人には、そのよさが伝わらないことがあります。
その様子を、馬の耳に春風が吹いても、人間のようにはその風情を味わわないことにたとえたのです。
なお、この詩については、昔から李白の作品ではないとする説もあります。
そのため、ここでは「李白の詩として伝わる作品」として紹介しています。
現在の馬耳東風は、詩の話に限らず、人の意見や忠告を気にせず聞き流す態度を表す四字熟語として使われています。
「東風」は春を感じさせる風
東風は、東から吹く風のことです。
古代中国では、東という方角が春と結びつけられていました。
そのため、古典文学では、東風が春の訪れを象徴する風として使われることがあります。
日本でも「東風」を「こち」と読み、春の季語として使うことがあります。
ただし、東から吹く風がいつでも暖かいという意味ではありません。
馬耳東風では、春風のよさを人間のようには味わわない馬の様子が、たとえに使われています。
馬耳東風の使い方と例文
馬耳東風は、人の意見や忠告を聞き流す様子を表すときに使います。
学校や家庭など、身近な場面で見ていきましょう。
例文① 学校で使う場合
「先生が何度も廊下を走らないように注意しているのに、彼は馬耳東風で走り続けている。」
先生の注意を気に留めず、同じ行動を続けている様子です。
例文② 家庭で使う場合
「母が早く寝るように言っても、兄は馬耳東風とばかりにゲームを続けていた。」
家族の忠告を聞き流している場面です。
例文③ 友達との会話で使う場合
「忘れ物に気をつけようと何度も助言されたのに、彼は馬耳東風で、また教科書を忘れてしまった。」
友達のアドバイスを気に留めなかったことを表しています。
例文④ 仕事で使う場合
「同僚が作業手順の改善を提案しても、上司は馬耳東風で、取り合おうとしなかった。」
相手の意見に関心を示さず、聞き流している様子です。
例文⑤ 社会の問題を説明する場合
「住民から何度も改善を求められているのに、担当者は馬耳東風の態度を取り続けた。」
周囲からの意見や要望を真剣に受け止めない態度を表しています。
このように、「馬耳東風と聞き流す」「馬耳東風の態度」「馬耳東風で取り合わない」といった形で使えます。
馬耳東風を使うときの注意点
相手を批判する意味になることがある
馬耳東風は、人の話を聞き流す態度を表すため、相手への批判として受け取られることがあります。
例えば、友達に向かって「君はいつも馬耳東風だね」と言うと、責められているように感じるかもしれません。
人に直接使うときは、言い方や場面に気をつけましょう。
意見に従わないことがすべて馬耳東風ではない
人の意見を聞いたうえで、よく考えて別の判断をすることもあります。
その場合は、必ずしも馬耳東風とはいえません。
例えば、友達から「サッカークラブに入ろうよ」と誘われても、自分の好きな音楽クラブを選ぶことは悪いことではありません。
相手の話をきちんと聞き、自分で考えて決めたのであれば、聞き流したことにはならないからです。
馬耳東風かどうかを考えるときは、意見に従ったかではなく、相手の言葉を気に留めず聞き流していたかどうかを確かめましょう。
馬は本当に風を感じないの?
馬耳東風は、昔の人が考えたたとえです。
実際の馬には耳があり、風や音などの刺激を感じることができます。
この四字熟語は、馬が風をまったく感じないという科学的な説明ではありません。
春風のよさを人間のようには味わわないという、文学的なたとえとして理解するとよいでしょう。
馬耳東風と似た意味の言葉
馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
「馬の耳に念仏」は、ありがたい教えや大切な話を聞かせても、その価値が伝わらず、効果がないことを意味します。
例文:「何度説明しても聞く気がない相手には、馬の耳に念仏だった。」
馬耳東風とよく似た意味で使われます。
- 馬耳東風:人の意見や忠告を気に留めず、聞き流す態度に重点がある。
- 馬の耳に念仏:価値のある話を聞かせても、伝わらず効果がないことに重点がある。
ただし、意味が重なる部分も多く、実際の会話では似た場面で使われます。
小学館『ことわざを知る辞典』では、「馬の耳に念仏」は、「馬に念仏」と「馬の耳に風」という表現が結びついて広まったものと考えられていることも紹介されています。
柳に風(やなぎにかぜ)
「柳に風」は、柳の枝が風になびくように、相手の言葉や態度を逆らわず穏やかに受け流すことを意味します。
例文:「嫌味を言われても、彼女は柳に風と受け流した。」
馬耳東風と同じく、言葉を受け流す様子を表すことがあります。
ただし、柳に風は、相手の言葉を上手にかわす落ち着いた態度を表すこともあります。
そのため、必ずしも悪い意味とは限りません。
聞く耳を持たない
「聞く耳を持たない」は、人の意見や忠告を受け入れようとしないことを表す慣用句です。
例文:「何度説明しても、彼は聞く耳を持たなかった。」
馬耳東風と近い場面で使えますが、「聞く耳を持たない」は相手の話を受け入れる姿勢がないことを、より直接的に表します。
馬耳東風の反対の意味に近い言葉
馬耳東風に、必ず一つだけ対応する決まった対義語があるわけではありません。
反対の態度を表す言葉としては、傾聴(けいちょう)があります。
傾聴(けいちょう)
傾聴は、相手の話に注意を向け、熱心に耳を傾けることです。
例文:「友達の悩みに耳を傾け、じっくり話を聞いた。」
馬耳東風が人の言葉を気にせず聞き流すことを表すのに対し、傾聴は相手の話を大切にして聞く態度を表します。
なお、傾聴は漢字二文字の熟語で、四字熟語ではありません。
親子でチャレンジ!馬耳東風の3択クイズ
問題:馬耳東風の意味として正しいのはどれ?
- 人の意見や忠告を気に留めず、聞き流すこと。
- 人の話をよく聞き、その内容を正確に覚えること。
- 春風を感じながら、馬に乗って遠くへ出かけること。
答えと解説を見る
正解は①です。
馬耳東風は、人の意見や忠告を気に留めず、聞き流すことを表しています。
②は熱心に話を聞く様子なので反対に近い意味です。③は馬と風が登場していますが、四字熟語の意味ではありません。
馬耳東風についてよくある質問
Q. 馬耳東風の読み方は?
「ばじとうふう」と読みます。
Q. 馬耳東風の意味は?
人の意見や忠告を聞いても、気に留めず聞き流すことです。
Q. 馬耳東風は悪い意味の言葉ですか?
一般的には、人の意見や忠告を気に留めない態度を表すため、批判的な意味で使われることが多い言葉です。
ただし、文脈によっては、周囲の批判を気にしない様子を表すこともあります。
Q. 馬耳東風と馬の耳に念仏は同じ意味ですか?
とてもよく似ていますが、表現の重点が少し異なります。
馬耳東風は意見や忠告を聞き流す態度、馬の耳に念仏は、話を聞かせても効果がないことに重点があります。
Q. 馬耳東風の「東風」は何と読みますか?
馬耳東風の中では「とうふう」と読みます。
なお、日本語では「東風」を「こち」と読むこともあります。
Q. 馬耳東風は誰の詩に由来しますか?
中国・唐代の詩人、李白の作品として伝わる『答王十二寒夜独酌有懐』という詩に由来します。ただし、この詩には李白の作品ではないとする説もあります。
Q. 馬耳東風は人の意見に反対するときにも使えますか?
人の意見に反対したというだけでは、馬耳東風にはなりません。話をよく聞いて考えたうえで反対することと、話を気に留めずに聞き流すことは違います。
まとめ|馬耳東風は人の意見を聞き流すこと
馬耳東風(ばじとうふう)とは、人の意見や忠告を気に留めず、聞き流してしまうことを表す四字熟語です。
今回のポイントを振り返りましょう。
- 読み方は「ばじとうふう」。
- 人の意見や忠告を気にせず聞き流すことを意味する。
- 李白の作品として伝わる古典詩の表現に由来する。
- 「東風」は春の訪れを感じさせる風として表現されることがある。
- 「馬の耳に念仏」は似た意味を持つことわざ。
- 「柳に風」は穏やかに受け流す態度を表すことがある。
- 「傾聴」は反対の態度を表す言葉。
馬耳東風は、人の話を気にせず聞き流す様子を表す言葉です。
誰かに注意されたときや、友達からアドバイスをもらったときは、その言葉に耳を傾けてみることも大切ですね。
もちろん、話を聞いたうえで自分の考えを持つことも大切です。